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世界有数の資源保有・生産・消費国である中国は、急激な世界景気後退の端緒となった2008年9月15日のリーマンショック以降、それまでの“走出去 (海外展開の指導)”と並行して、資源政策の機軸の一つとして金属備蓄を強化・実施しつつある。その金属備蓄が、2009年明け以降の金属価格回復傾向の要因の一つと見られている。 本稿では、これまでに報道された中国における金属備蓄の現況についてまとめると共に、中国の主要金属の実需状況について検証を試みる。
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1. 中国の備蓄制度 中国の国家備蓄制度は、当初、国防上の必要性から1953年に開始されたが、時代の変化に応じて修正され、2005年には国家エネルギー安全保障政策の重点施策の一つと指定された。当時より経済発展による原材料の不足が顕在化し、マクロ経済のコントロールのため重要性が高まり、国務院においても再認識された。 国家備蓄対象は、“物資”、食料、綿、砂糖、薬品、茶、肉、化学肥料、救済物資の10種類からなり、金属は“物資”に該当している。“物資”には、金属以外にも、ダイヤモンド、天然ゴム、パルプ、石油及び石油製品(ガソリン、航空機燃料)が含まれる。中国の金属備蓄制度の概要は、表1のとおりである。
制度創設年 |
1953年 (※備蓄目標・実績は未公表) |
備蓄対象金属種 |
銅、アルミ、ニッケル、鉛、亜鉛、マンガン、クロム、水銀、錫、バナジウム、白金 (※現在、銀、アンチモン、インジウム、ガリウム、チタン、タングステン、ビスマス、レアアース、コバルト、ウランが追加され、マンガン、クロム、水銀、バナジウム、白金を対象とした備蓄は報じられていない。なお、ウランは,能源(エネルギー)局が所管すると報道されている。) |
所管省庁 |
・国務院: 備蓄政策、購入・売却等の重要事項を決定する。 ・国家発展改革委員会・“国家物資備蓄局(SRB:State Reserves Bureau)“: 備蓄政策の立案、管理、組織運営、国務院への具申等を行う。 ・地方備蓄処: 全省(江蘇省とチベット自治区以外)に200箇所の備蓄倉庫を管理する。 |
現在、中国における金属備蓄は、中央政府のみならず地方政府も実施している。上述のとおり、中央政府の所管機関は、国家発展改革委員会の下部機関であるSRBであるが、その備蓄目的は、市場の安定及び戦略的備蓄で、対象は金属に限らず、石油・食料など多岐に亘る。 地方政府による金属備蓄については、北から陜西省、河南省、湖南省及び郴州市、江西省及び州市、雲南省、広西壮族自治区が報道されている。 これらは、省内あるいは市内の地場産業支援や雇用の確保を目的としているとされる。 湖南有色金属集団公司のように傘下の企業が生産した地金を買い付ける民間備蓄も報じられているが、このような企業による備蓄資金については、銀行が備蓄金属を担保に融資し、地方政府がその利子補填を行うことで支援している模様である(2009年4月20日付、有色金属新聞が“証券時報”記事としてネット配信)。 また、湖南省・郴州市や江西省・州市についても、省政府と連携して実施されているものと予想される。
国土資源部は、2008年末に“全国鉱産資源計画(2008~2015年)”を作成し、2009年1月7日に公布した。鉱産資源の探査・開発・保護及び備蓄等について、2020年を展望しながら活動の重要指針を定めたものであるが、備蓄対象については、石油、石炭、鉄、非鉄金属、非金属など幅広く指定している。 また、2008年12月19日、“全国工業和信息化工作会議”の席上、“2009年の重要原材料戦略物備蓄”が表明され、『生産体制拡大の中で、需給バランスのため地方政府による物資備蓄』として雲南省の先行モデルが代表例として挙げられ“雲南省有色金属備蓄試行辦法”が紹介されている (上海証券報2008.12.20等)。
2. 備蓄計画と実績 現時点での報道を基に、中央及び地方政府による備蓄計画と実績を表2に示す。 2-1. SRBによる備蓄 SRBによる備蓄対象金属は、表2に示すとおり、銅・亜鉛・アルミ・ニッケル・インジウム・ガリウム・チタンであるが、主体は、アルミ・銅・亜鉛であり、それら主要三金属の備蓄計画量、実績量、達成率は次のとおり。
金属種 |
備蓄計画量(千t) |
実績量(千t) |
達成率(%) |
アルミ |
1,000 |
690 |
69.0 |
銅 |
1,000 |
240 |
24.0 |
亜 鉛 |
300 |
159 |
53.0 |
2-2. 地方政府による備蓄 地方政府による備蓄は、雲南省で先行し、対象金属種は、アルミ、銅、亜鉛、鉛、錫とされ、その制度は、以下のとおりとされている: ・“全国鉱産資源計画(2008~15年)”に“鉱産地備蓄”として規定された地方で実施 ・“政府の指導・企業備蓄・銀行融資・財政サポート・市場運営”が原則 ・期間は暫定的に2009年1月から1か年間(※2009年末までに放出が有り得る)
表2. SRBと地方政府による備蓄計画と実績 (既報道情報に基づく) |
対象金属 |
SRB/省・市 |
計画数量(t) |
出典※ |
実績数量(t) |
出典※ |
達成率 |
銅 |
SRB |
1,000,000 |
09.02.18有色網 |
240,000 |
09.02.18有色網 |
24.00% |
雲南省 |
150,000 |
08.12.22MB |
2,000 |
09.01.05MB |
1.30% |
小計 |
1,150,000 |
|
242,000 |
|
21.00% |
鉛 |
雲南省 |
150,000 |
08.12.22MB |
|
|
|
湖南省・郴州市 |
50,000 |
09.03.18有色網 |
|
|
|
陝西省 |
53,000 |
09.03.30NF09-13 |
33,000 |
09.03.23中金在線 |
62.20% |
湖南省 |
(数量不明) |
09.04.15湖南日報 |
|
|
|
小計 |
253,000+α |
|
33,000 |
|
13.00% |
亜鉛 |
SRB |
300,000 |
09.01.05MB |
159,000 |
09.04.09有色網 |
53.00% |
雲南省 |
300,000 |
08.12.22MB |
300,000 |
09.01.12MB |
100.00% |
湖南省・郴州市 |
50,000 |
09.03.18有色網 |
|
|
|
陝西省 |
44,000 |
09.03.30NF09-13 |
44,000 |
09.03.23中金在線 |
100.00% |
湖南省 |
(数量不明) |
09.04.15湖南日報 |
|
|
|
小計 |
694,000+α |
|
503,000 |
|
72.50% |
アルミ |
SRB |
300,000 |
09.01.05MB |
290,000 |
08.12.25上海証券報等 |
|
700,000 |
09.02.18有色網 |
400,000 |
09.04.09有色網 |
|
計1,000,000 |
|
計690,000 |
|
69.00% |
雲南省 |
300,000 |
08.12.22MB |
180,000 |
09.01.12MB |
60.00% |
河南省 |
500,000 |
09.03.25新華社 |
|
|
|
広西壮族自治区 |
(数量不明) |
|
50,000 |
09.03.23有色網 |
― |
小計 |
1,800,000+α |
|
920,000 |
|
51.10% |
錫 |
雲南省 |
100,000 |
08.12.22MB |
30,000 |
09.01.05MB |
30.00% |
湖南省・郴州市 |
5,000 |
09.03.18有色網 |
|
|
|
小計 |
105,000 |
|
30,000 |
|
28.60% |
銀 |
湖南省・郴州市 |
2,000 |
09.03.18有色網 |
|
|
|
小計 |
4,000 |
|
|
|
|
アンチモン |
湖南省 |
(数量不明) |
09.04.15湖南日報 |
|
|
|
ニッケル |
SRB |
20,000 |
09.03.07有色網 |
20,000 |
09.03.03有色網 |
100.00% |
インジウム |
SRB |
30 |
08.12.25日刊産業他 |
30 |
|
100.00% |
湖南省 |
(数量不明) |
09.04.15湖南日報 |
|
|
|
小計 |
30 |
|
30 |
|
100.00% |
ガリウム |
SRB |
(数量不明) |
09.03.07有色網 |
|
|
― |
チタン |
SRB |
5,000 |
09.03.25有色網 |
5,000 |
09.03.25有色網 |
100.00% |
タングステン |
湖南省・郴州市 |
5,000 |
09.03.18有色網 |
|
|
|
江西省・州市 |
10,000 |
09.03.17有色網 |
10,000 |
09.03.17有色網 |
100.00% |
江西省 |
(数量不明) |
09.04.09有色網 |
|
|
|
湖南省 |
(数量不明) |
09.04.15湖南日報 |
|
|
|
|
小計 |
15,000+α |
|
10,000 |
|
66.70% |
ビスマス |
湖南省・郴州市 |
3,000 |
09.03.18有色網 |
|
|
|
小計 |
3,000 |
|
|
|
|
レアアース |
江西省・州市 |
10,000 |
09.03.17有色網 |
10,000 |
09.03.17有色網 |
100.00% |
江西省 |
(数量不明) |
09.04.09有色報 |
|
|
|
小計 |
10,000+α |
|
10,000 |
|
100.00% |
コバルト |
不明 |
800~1000t |
09.03.25有色網 |
0 |
|
― |
ウラン |
能源局 |
(数量不明) |
09.03.25有色網 |
|
|
― |
不明 |
広西 |
460,000 |
09.03.26財経 |
― |
|
― |
単純合計 |
4,517,030 |
|
1,773,030 |
|
39.30% |
※出典に関しては次のとおり: 1)”MB”とは”Metal Bulletin”である。 2)“NF”とは“JOGMEGニュース・フラッシュ”である。 3)“有色網”とは“中国有色網(中国有色金属信息網の略称(http://www.cnmn.com.cn/))” 4)“財形”とは“中国財経信息網(http://cfi.net.cn/)” 5)“湖南日報”と“新華社”は“有色網”による。 |
金属備蓄を実施している地方政府とその備蓄金属は、次のとおりである。 ・陜西省〔亜鉛・鉛〕 ・河南省〔アルミ〕 ・湖南省〔亜鉛・鉛・アンチモン・インジウム・タングステン〕 ・同省州市〔亜鉛・鉛・錫・銀・タングステン・ビスマス〕 ・江西省〔タングステン・レアアース〕 ・同省c刻B市〔タングステン・レアアース〕 ・雲南省〔銅・鉛・亜鉛・アルミ・錫〕 ・広西壮族自治区〔アルミ〕
中国の2009年消費量(研究会予測値)に対する計画量の比率を表3に示す。 錫の79%はじめ、銅22%、亜鉛17%、アルミ14%が高い。
表3. SRBと地方政府による備蓄計画量の2009年消費予測量に対する割合 |
鉱種 |
備蓄計画量 (千t) [1] |
消費予測量 (千t) [2]※ |
(出典※) |
中国の消費量に占める割合 (%) [3]=[1]/[2] |
錫 |
105 |
133 |
(WMS2008年値+4.3%) |
78.9 |
銅 |
1,150 |
5,250 |
(ICSG) |
21.9 |
亜鉛 |
694 |
4,200 |
( ILZSG) |
16.5 |
アルミ |
1,800 |
12,946 |
(WMS2008年値+4.3%) |
13.9 |
鉛 |
253 |
3,400 |
( ILZSG) |
7.4 |
ニッケル |
20 |
380 |
(INSG) |
5.3 |
※錫、アルミの消費予測量については、銅・亜鉛・鉛・ニッケルに関する予測量の伸び率の 平均値である4.3%を準用した。 |
3. 金属価格と備蓄買付け時期 図1~4には2008年7月~2009年4月間のアルミ、銅、亜鉛、鉛のLME価格推移と買付け状況を示す。陜西省の例では、SHFE(上海期貨交易所)での市場価格に比べて2.4~4.1%高いとの報道もある。
図1. 価格推移と買付け時期: アルミ (出典:LME)
図2. 価格推移と買付け時期: 銅 (出典:LME)
図3. 価格推移と買付け時期: 亜鉛 (出典:LME)
図4. 価格推移と買付け時期: 鉛 (出典:LME)
4. 中国の実需の検証 4-1.需給の月別推移 中国の銅・亜鉛・鉛地金の消費量の2008年1月以降の推移を鉱石生産量及び地金生産量と比較して図5~7に示す。 (1)中国の銅地金消費量 図5に示すとおり、2008年11月以降、上昇傾向にあり、2009年1月にやや戻りはあったが2月には600千tにまで上昇・回復した。
図5. 中国の鉱石・地金生産量と消費量の推移:銅 (出典:COPPER BULLETIN, ICSG)
なお、COPPER BULLETINにおける銅地金消費量とは見掛消費量であり、備蓄量も含まれている可能性がある。そのように仮定し、表2に示す現状の銅の備蓄実績量242千tを2009年2月の銅地金消費量604千tから差引くと362千tとなり、図5の点線のように表され、このようであるとすれば12月をピークに中国の銅消費量は減少していることになる。
(2)中国の亜鉛・鉛地金消費量 ILZSG事務局によれば、亜鉛・鉛の消費量は見掛け消費量から推定される備蓄量を減じた値としており、LEAD AND ZINC STATISTICSにおける亜鉛・鉛地金消費量には備蓄量は含まれていないと見なされる。 亜鉛地金消費量は、図6に示す。2008年9月以降、減少傾向にあったが、2月に上昇に転じている。
図6. 中国の鉱石・地金生産量と消費量の推移: 亜鉛 (出典:LEAD AND ZINC STATISTICS, ILZSG)
鉛地金消費量は図7に示すとおり、比較的堅調に推移していたが、1月に200千tまで落込んだが2月には上昇に転じている。
図7. 中国の鉱石・地金生産量と消費量の推移: 鉛 (出典:LEAD AND ZINC STATISTICS, ILZSG)
4-2.中国の月別地金輸入推移 中国の銅・亜鉛・鉛の地金輸入量を図8~10に示す
図8.中国の地金輸入量の推移: 銅 (出典:COPPER BULLETIN, ICSG、MB(27.Apr.2009)、財務省貿易統計)
銅は図8に示すとおり、2008年6月を底に7月以降増加傾向にあり、日本からの輸入量も12月以降に増加している。
図9.中国の地金輸入量の推移:亜鉛 (出典:LEAD AND ZINC STATISTICS,ILZSG、MB(27.Apr.2009)、財務省貿易統計)
亜鉛地金輸入量は2月に大幅増となり、日本からも10,000t以上が輸入された。
図10. 中国の地金輸入量の推移: 鉛 (出典:LEAD AND ZINC STATISTICS, ILZSG、MB(27.Apr.2009)、財務省貿易統計)
鉛地金輸入量も2月に大幅増となり、日本からも3月には5,000t程度に増加している。
4-3.中国の主要経済指標 (1)自動車販売台数 上海証券取引所やロイター電情報により中国の月別自動車販売台数値を収集し、グラフ化すると図11のように表される。これによると2008年12月以降、上昇傾向に転じており、3月は110万台を越えた。これは、2009年1月14日に国務院から発表された1月20日~12月末の間の暫定的な小型自動車(1600cc以下、中国国内の自動車販売総台数の61.5%に相当)の自動車税減税(10⇒5%)の効果も大きいものと見られる。
図11.中国:自動車販売台数量の推移 (出典:上海証券取引所、ロイター)
(2)発電量 図12は、中国統計局情報等に基づく月別発電量の推移である。これによると2008年9月以降に減少傾向にあったが12月、3月に上昇が見られ、中国の銅需要の好転材料として期待される。 また、2月1日より中国全土を対象に本格化された“家電下郷1 (家電製品の購入代金の13%を補助、それ以前は一部地方に限られた)”も電力消費量・発電力の増加に少なからず関係するものと見られる。
図12.中国:発電量の推移 (出典:中国統計局情報等)
5. 産業振興政策と金属備蓄 世界的経済減退下、中国経済成長にとって当面のところ輸出への期待度は低く、内需への依存度が高いものと予想される。 中国の産業振興政策として2008年11月9日に発表された57兆円相当のインフラ整備計画(2008~2010年)がベースとしてあり、また、個々の産業支援・景気対策としての小型自動車減税や家電下郷も効果が出始めているようである。それらの兆しとして自動車販売台数や発電力などの経済指標にも現れ始めているように見受けられる。
金属市場及び業界に対する対応策として“金属備蓄”がある。 それらは世界市場において注目され、2009年明け以降の価格推移にもその効果が現れ始めている。 他方、世界各国の生産者は2008年Q4以降、相次いで減産措置や新規プロジェクトの延期や先送りを推進している。これらは、自由経済において、市場の実需回復までの間に健全な需給均衡化、適正な金属価格水準への回復を目指した措置である。 中国においても「生産能力の過剰をコントロールする(康義中国有色協会会長発言の2009.03.26付“財経”誌報道の有色金属新聞報ネット配信)」との意見があるほか、「ある市場関係者は、備蓄が市場に錯誤をもたらし、生産能力放置が再度生産能力増強を引き起こし、現在の供給過剰を増進させることにならないかと懸念している(同上)」との声もある。 2009年明け以降の金属価格回復傾向に関して、中国における金属備蓄の要因は大きいといえるものの、今後、中国の内需の伸びが充分ではなく、上向き始めているように見える中国の内需も補助政策の上に成り立つものであるとすると、それら政策終了後の需要減退の懸念が残る。また、相当量の備蓄金属の放出時期(現状2009年内)の問題を内包したまま、世界経済の回復とそれに伴う中国の輸出増への転換時期を待つ状況にある。
日本の鉱業界にとっても、2009年明け以降の中国向け地金輸出増は、日本国内の需要減退期にあって業績回復の足掛りになる筈であるが、中国の実需回復状況の見極めが肝要と考えられ、JOGMECとしても中国の経済指標を注視していく所存である。
1 家電下郷:家電製品等の農村普及製作。対象は、カラーTV、洗濯機、冷凍・冷蔵庫、携帯電話、パソコン、温水器、エアコン、オートバイの8品目。2007年12月より山東・河南・四川・青島の3省1都市で実施されていたが、2008年12月からは対象地区を14省に拡大し、2009年2月より全土に拡大適用された。
<参考資料> 『ベールに包まれた中国の国家備蓄制度の概要と今後の備蓄政策の行方』 カレント・トピックス、2005年39号(平成17年 6月 9日付、北京事務所 納 篤 報告)
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